今後は建築の業界でも、メタバースの分野が大きな影響を持つことになるであろう。メタバース建築士なる業種も登場し、また現実世界の建築や空間デザインにおいてもメタバースの活用が進んでいる。
バーチャル上に「空間」を創造できるメタバースと、建築の分野は食い合わせが良い。その可能性は今後も広がっていくことが予想される。
今回は「メタバース×建築」をテーマに、その可能性や課題を考えていきたい。
「メタバース×建築」で
できる3つのコト
世間ではやれメタバースだVRだと騒がれているが、実際に何ができるのか、またどんなことに活用できるのか、イメージできていない方も多いのではないだろうか。
実はVRchatなどのコミュニケーションプラットフォームやゲーム意外の分野でも、メタバースの活用は進んでいる。たとえば「建築」はメタバースの可能性を押し広げる分野として多くの注目を集めている。
メタバースと建築を結びつけることで、どのような化学反応を生むか。考えられる可能性は3つある。
- メタバース空間内で建物や空間を建築・デザインできる
- 建築前のイメージをVR空間内で再現したり、検証したりできる
- 歴史的建築物を仮想空間上に保存できる
メタバース上での空間(ワールド)デザインや建築は、そこで活動する人々にも大きな影響を及ぼす。UI(ユーザーインターフェース)とUX(ユーザーエクスペリエンス)の両面から考え、構成された空間や建築は人々により円滑なコミュニケーションをもたらし、創造的な活動を可能にするだろう。
加えて、現実空間にて建設予定の建物をメタバースで再現し、検証や実験を行うこともできる。建築業界のデジタルツインが進めば、効率化やコストの削減にもつながる。
さらに歴史的建造物をメタバース空間上に再現することで、現地にいなくても自由に観光できるようになる。現実には存在しない過去の建造物を、資料をもとに再現することも可能だ。
ここからは以上に挙げた、3つの可能性をそれぞれ深掘りしたい。
メタバース×建築の可能性【仮想空間上の建築・設計】
まずはメタバース、つまりは仮想空間上の建築について紹介する。メタバースは現実世界とは異なり、資材を用意する必要がない。ときには物理的な制約まで無視して、自由に設計できるのが特徴だ。
近年はメタバース専門の建築家、設計士も存在する。ビジネスとしても注目されているメタバース空間内の建築、設計だが、具体的にはどのようなことが可能になるのか。
現実空間では実現できない
「アンビルト建築」
メタバースでは「アンビルト建築」が可能になる。アンビルト建築といっても、聞き馴染みのない方が多いのではないだろうか。わかりやすい解説を引用しよう。
ある時点を基準に、いまだ建てられていない/建てられることのなかった、実現以前の建築のこと。アンビルトという言葉は、ビルト(built)に対して反語的に用いられる。実現を前提に構想されたが何らかの事情で建つことのなかったものから、実現を目指さず、既存の建築やそれを取り巻く制度に対する批評あるいは刺激剤として構想される建築、あるいはその定義の曖昧なものまで、「建てられることのなかった」という出発点を共有しつつ、さまざまな可能性を含意する言葉。
引用:アンビルト | 現代美術用語辞典ver.2.0
専ら「こんなの実現できっこない」という皮肉混じりに使われることも多い、アンビルト建築という言葉。しかしメアバースにおいてアンビルト的な建築の発想は、実現可能である。なぜならメタバースにおける建築は「実際には建てない」からだ。
物理法則をも無視した建築も可能になる。法律や専門知識、建築に欠かせない細かな構造計算も必要ない。現実世界では不可能な柔軟性に富んだ空間デザインは、企業や商品のコンセプト、思想を表現する際に役立つであろう。
NFTとしての可能性
メタバースの土地はリアルの土地と同じように、不動産ビジネスの対象になりうる。近年は「メタバース不動産」「バーチャル不動産」として、投資家から注目されている。
メタバースにおける土地はNFTとしての価値がある。NFT(Non-Fungible Token)とは、唯一性のあるデジタルデータを指す言葉だ。ブロックチェーン技術の進歩でデジタルデータに唯一性がもたらされ、投資の対象としての価値が生じるようになった。
メタバース建築は土地活用の手段として非常に有効なものである。そしてそれは、現実の土地と同じように付加価値として機能する。たとえばイベントスペースとして設計・デザインした建築物を貸し出す、あるいは売るといった運用も可能だ。
メタバース×建築の可能性【現実世界の建築に役立てる】
メタバースでの建築は、現実空間での建築でも役立てられる。たとえば、デジタルツインという言葉がある。現実に存在する建築物や施設をデジタル上で再現し、さまざまな検証を行うという分野だ。これもいわば、メタバース建築の可能性の一つと言えるだろう。
デジタルツイン詳しくはこちらの記事をご覧いただきたい。
さて、ここからは現実の建築業界にメタバース建築を役立てる方法について解説する。
設計者・施工者・建築主が
リアルなイメージを共有できる
これまで設計者と建築主の間のイメージ共有は図面などで行われる場合がほとんどだった。建築業界では常識である図面の見方だが、建築主にとってはイメージしづらいものである。そのため、共有したイメージと実際に仕上がった建築物とのギャップが生じることもままあった。
メタバース建築であれば「建てた場合はこうなります」という実物に極めて近い形で、イメージを共有できる。実際にその建物の内部に入り、擬似的に使い心地、住み心地を体験できる。メタバース建築にはショールーム・モデルルームとしての可能性も開かれている。
実際に、以下のような事例もある。
建築物や空間をデザインする際の、
検証や実験に使える
当然のことながら、建築物は設計だけでは実現しない。そこには施工者の存在が不可欠であり、もちろん資材も必要である。そこでは設計者と施工者の入念な打ち合わせ、検証が不可欠である。制作が難しい建築物に関しては、これまではモックアップなどを作成し、実現可能か否かを検討する場合が多かった。
メタバースで建築を行い、組み立てなどの施工過程を再現・体験できれば、モックアップを作成する必要がなくなる。すると、その分の費用や環境負荷を削減できるのだ。これは設計者や施工業者にとって大きなメリットになるだろう。
メタバース×建築の可能性【歴史的建造物を再現する】
メタバース建築は資材などのコストをかけず、仮想空間上に建物を作成するものだ。つまり、現実に存在する建物を「再現」することもまた、可能である。
メタバース上での観光名所の再現は、さまざまな地域で行われている。主に観光の分野で、注目されている取り組みだ。詳しくはこちらの記事をご覧いただきたい。
歴史的建造物を再現することもまた、メタバース建築の大きな可能性であるといえる。
観光地の認知拡大につながる
歴史的建造物をVR空間に再現すれば、世界中どこからでもアクセスできるようになる。これは地域の魅力を発信する手段としてとても有効である。メタバース上の歴史的建造物に訪れることで、日本に渡航した際、実際の訪問にもつながるであろう。
観光資産とメタバースを連動することにより誘客できた事例として、徳島県脇町南町を紹介しよう。
これは、江戸時代中期から昭和初期に建てられた歴史的な建造物が立ち並ぶ「うだつ」を、3Dモデルで再現したものだ。VRプラットフォームのcluster、VRChat内にて公開されている。
町並みはフォトグラメトリ(町並みをさまざまな角度・方向から撮影し、3Dモデル化する)技術を用いて制作された。細部まで再現されたメタバース建築によって、観光名所の魅力の再発見につながるであろう。
現存しない建造物を再現できる
歴史的建造物の中には災害などによって一部、ないし全部が失われてしまったものもある。メタバースを活用すれば、そのような現存しない建築物を再現することも可能だ。
有名な取り組みとして紹介したいのが、クラウドファンディングによって実現したメタバース、「バーチャルOKINAWA」だ。
そこでは、火災によって焼失した正殿をメタバース内で復元している。
現存する資料などをもとに建築物を復元すれば、アーカイブとしても高い価値を持つようになる。また観光と結びつければ、観光地の誘客にもつながるだろう。
メタバース建築の課題
ここまでメタバース建築の魅力や可能性について取り上げてきたが、実のところ課題もいくつかある。ここからはメタバース建築の課題について取り上げよう。
メタバース空間における建築の課題
- 体格差による問題
- コストが必要である
体格差による問題
メタバースのアバターは人間の体格差以上に身長、体型などに差がある。プラットフォームによっては自分の好きなようにアバターをデザインできるため、人間の形をしていないことも珍しくないのだ。多種多様な体格を持つアバターすべてにとってユーザビリティの高い建築を行うのは、現実のバリアフリーと同じく困難である。
コストが必要である
メタバースでの建築といえど、コストはかかる。メタバースはサーバー上に存在するため、データ容量の制約があるのだ。もし複雑かつ広大な建築物をメタバース上に建築しようとすれば、それだけ大容量のサーバーが必要になる。そして作成するためのPCの環境も考える必要がある。したがって、まったくコストがかからないわけでない、ということを念頭に置く必要がある。
現実世界の建築へ応用する際の課題
- IT知識が必要である
- 実物とのギャップがないわけではない
IT知識が必要である
メタバース建築を実際の建築の工程で活用するためには、ITの知識が必要である。まずメタバースとは何なのか、建築業界には知らない人もまだ少なくないだろう。ある程度操作が可能でIT知識に長けた人物がいなければ、実現は難しい。
実物とのギャップがないわけではない
メタバースは現実とは異なる。いかにリアルに再現できても、材質やスケール感などを完全に再現することは難しい。例えば日本の大手メタバースプラットフォームのclusterは、実際よりも物が小さく見えるとの指摘も上がっている。このようなギャップは、メタバースを建築業界で活用する上での課題だといえる。
歴史的建築物をメタバース上に
再現する上での課題
- 悪用の可能性がある
- データの扱いに注意する必要がある
悪用の可能性がある
メタバースで現実に存在する建造物を再現する場合、その再現性あまりにも高すぎると犯罪やテロなどに悪用される恐れがある。現実とは若干異なる構造にするなど、悪用の可能性も考えたモデル構築を行う必要がある。
データの扱いに注意する必要がある
実在する建築物を再現する際には、建築物の著作物性や管理者との合意など、主に権利の面からデータの取り扱いに配慮すべきである。地権者の理解を得たうえで、円滑に推し進める必要がある。
終わりに
今回はメタバース建築に関して「メタバース上の建築」「現実の建築業界での活用」「歴史的建造物の再現」の3つの視点から解説した。
私見を述べると、メタバース場での自由な空間演出や、いわゆるアンビルト建築と呼ばれるものが、現実世界の建築に影響を及ぼすと面白いと考えている。かつて様式建築からモダニズム建築へ時代が以降したように、メタバースでの建築や空間表現が文化として根付けば、ひいては建築業界全体へとさらなる可能性が広がるだろう。