各業界で大きな存在感を見せ、日本の産業を変えつつある「メタバース」。
近年は医療の分野にも導入が進んでおり、活用事例が次々と生まれている。
本記事では、メタバースが医療業界で注目されている理由や導入のメリットについて、8つの事例と共に紹介していく。
メタバースは医療業界でなぜ注目されているのか
メタバースは、医療分野でも大きな存在感を示すようになってきている。
昨今では、個人情報の記録、次回の診療予約、服薬管理などをデジタルで行う環境が整ってきており「CureApp」「Healthtech DB」といった医療用アプリを導入する医療機関も増加している。
このように、デジタル化の波が押し寄せている医療分野は、今やメタバースまで取り入れつつある。
それでは、医療分野がメタバースを導入する理由について、以下の3つに分けて解説する。
「デジタル医療」の発展
デジタル医療の例を挙げるならば、電子カルテやオンライン診断が該当する。近年は、新型コロナウイルスの流行、クラウドサービスの導入が追い風となり、デジタル医療の市場は増加傾向にある。感染症流行をきっかけに開発された接触確認アプリ「COCOA」、TOTOが開発した、利用者の健康状態を測定する「ウェルネストイレ」などが記憶に新しい。
こうしたデジタル医療の発展が、医療分野におけるメタバース導入の土台になっている。
2030年までに30%以上の成長が期待されている
メタバースはヘルスケア分野において、2021年時点では68.5億ドル程度の市場規模であったが、2030年には721億ドルに成長するものとされており、これはCAGR30%程度の成長率だ。
ARスマートグラスを利用して手術を実施した事例が生まれるなど、医療業界でのメタバース活用は確実に広がっている。
リアルタイム遠隔手術への期待
「高信頼・低遅延」「多数同時接続」「大容量通信」を強みとする5Gは、VR空間を活用した遠隔手術を可能にすると期待されている。
手術支援ロボットをリアルタイムで遠隔操作できるなど、5G技術が医療現場に寄与する事例は次々に生まれている。
デジタル医療がさらに発展すれば、メタバースを活用した遠隔手術も洗練されていくと思われる。
メタバースが医療業界で活用された8つの事例
ここまで、メタバースが医療分野において注目される理由について述べた。
では実際に、どのような用途・目的で医療業界での活用が進んでいるのであろうか。
ここからは、メタバースが医療業界で活用された事例を8つに分けて解説する。
①【手術シミュレーション】Holoeyes
出典元:5GネットワークやXR技術を活用した、医療分野における国際間遠隔カンファレンスの実証実験を実施 Holoeyes株式会社のプレスリリース
Holoeyesが提供する医療用画像処理ソフトウェア「Holoeyes MD」は、VR上で手術のシミュレーションを行うことができる。仮想空間上で数人同時にバーチャルモデルを使った練習ができ、アクセスできればどんな場所でもトレーニングが可能だ。
医療従事者の技術向上に役立つ機器として、実際に活用している診療科もある。
②【メンタルヘルスケア】comatsuna
出典元:メタバースクリニックが開院【医師の専門性とゆるいつながりでヘルスケア】
株式会社comatsunaが運営するメタバースクリニックでは、医師などの医療従事者による無料相談を提供している。AI技術も取り入れ、会話のテキスト変換機能や、言葉から精神状態を予測する機能も搭載しているのが特徴だ。
話者同士の深層心理の調査に役立つため、コミュニケーション能力や社会適応力の向上につながるとの期待がある。
③【リハビリテーション】VR歩行訓練
出典元:これまで不可能と考えられてきた下半身不随の患者が自らの足を再び動かせるようになったVRトレーニングとは?
米デューク大学の研究チームは、下半身不随の患者に対して、メタバースを駆使したトレーニングを行った結果、被験者全員が「足を動かす」感覚を取り戻し、うち1人は歩行ができるようになったという。VR空間で偽の足を動かすイメージを思い描く中で、神経回路が刺激され、歩く感覚を取り戻したのだという。
仮想空間での経験は脳をダイレクトに刺激し、筋肉の機能や動きにも作用することから、歩行困難者のリハビリにも有効と考えられる。
④【メタバース病院】順天堂バーチャルホスピタル
出典元:メタバースは次代の医療の鍵となるか?バーチャルホスピタルで目指す、誰にとってもやさしいデジタルヘルス
順天堂大学は、時間と距離を超えた新たな医療サービスの研究・開発を目的に、Web上に「順天堂バーチャルホスピタル」をオープン。訪問者はアバターで病院内を自由に歩くことができ、館内や診療機器を見ることができる。
ゆくゆくはVR空間上での診療予約、問診、支払いができるようになると発表されており、来院者の待ち時間の削減が見込まれる。患者とその家族がアバターを介して面会できる機能も拡充していくという。
⑤【医療教育】The Stanford Virtual Hearts
出典元:心臓を3Dで詳細に観察 スタンフォード大が心臓病の治療を補助するVRツール開発
スタンフォード大学は、ソフトウェア会社と協力して心臓病治療を補助するVRツールを開発。ユーザーはVRゴーグルを使って、心臓の外部・内部、血管の運動まで細かく見ることができる。
これにより、従来は平面図でしか分からなかった心臓の構造が明確に分かるようになるため、医学を学ぶ学生にとって良い教材と言えるだろう。
⑥【手術アシスト】zSpace
出典元:高精細映像でバーチャルな外科手術トレーニング、医療での活用進むVR
米zSpace社が開発した「zSpaceグラス」は、多岐にわたる分野で活用されているメガネ型のVRデバイスだ。
神戸大学大学院医学研究科の杉本真樹特務准教授は、zSpaceグラスで手術シミュレーションと医用画像解析支援の実証を進めている。臓器の立体画像をホログラムのように空中に投影させるなど、手術中の画像支援としての用途が示された。
⑦【プラットフォーム】Mediverse City
出典元:国内最大級の医療メタバース "Mediverse City" への展示のお知らせ
「Mediverse City」は、「繋がる医療」をテーマとしたプラットフォーム。医療における各専門家がそれぞれにワールドを展開しており、企業や専門家によるセミナーや展示が充実している。
どんな参加者も、専門的な医療知識に気軽に触れることができ、医療や病気、治療法等について楽しく学べる空間となっている。
⑧【研修】VRワクチン注射シミュレーター
イマクリエイトが開発した「VRワクチン注射シュミレーター」は、ワクチン注射を行う人材需要が急速に高まっていた頃に登場した。
VRに表示されるお手本に沿うことで、筋肉注射の手順や感覚を身に付けることができるため、資料や座学よりも高い学習効果が期待される。
メタバースを医療業界に活用するメリット
次に、メタバースを医療業界で活用することには、どのようなメリットがあるのかについて見ていきたい。
これより以下は、「医療従事者にとってのメリット」と「患者にとってのメリット」に項目を分け、代表的な例を紹介する。
医療従事者にとってのメリット
医療従事者にとってのメリットとしては、以下の3点が挙げられる。
これら3つのメリットについて、それぞれ解説していきたい。
医師・看護師の研修に活用できる
新型コロナウイルスの影響で、医師が学生・研修医に十分な指導ができなかったり、対面の研修が制限されたりといった状況が生まれており、未来の医療従事者の学ぶ機会が減っている。
メタバース空間で、現実の医療現場に近い環境を整備すれば、そこが訓練の場所となり、実務的な動きや技術を学んで身につけることが可能だろう。
遠隔治療が可能になる
メタバースを活用すれば、距離や移動のために通院が難しい患者に対して、遠隔で治療を行える可能性がある。
AR・VRを駆使して、遠隔地にいる医師との情報共有や、手術中のカルテ確認なども実施でき、医者・助手間の連携がスムーズになるという効果も期待される。
医療従事者間がやり取りするプラットフォームになる
新型コロナウイルスの拡大で、MR(医薬情報担当者)の人々が、医療従事者と対面して情報提供を行う機会が減少した。
そこで最近では、メタバース空間を利用してMRと医療従事者の交流の場を広げ、コロナ以前のコミュニケーションを取り戻そうという動きが見られている。
患者にとってのメリット
以上で見てきたように、医療にメタバースを取り入れることで、医療従事者に大きなメリットをもたらす。
次に、患者にとってのメリットを考えてみると、以下の3点が挙げられる。
これら3つのメリットについて、それぞれ解説していきたい。
症状について視覚的に理解できるようになる
これまで患者は、医師に伝えられた情報や画像でしか、自分の健康状態を把握できなかった。
しかしメタバースを活用すれば、自身の体や内臓を立体モデル化して、患者自身の目で症状を細部まで確認できる。
医療の地域格差を解消できる
都市部と地方とでは医療の充実度に大きな差があり、医療機関の少ない地方在住者は大きな負担が強いられることも少なくない。
メタバースを使えば、健康診断や診察をVR空間上で受けることができ、地域格差を解消できる。
患者が相談しやすいシステムである
対面コミュニケーションや、言葉で症状を説明するのが苦手な人でも、アバターを使えば医師とうまく意思疎通が取れると期待されている。
特に心理カウンセリングなど、心身に関わるセンシティブな相談は患者にとって大きな負担となる。診断・診察へのメタバースの導入は、患者の心理的な障壁を取り除くことにつながる可能性がある。
メタバースを医療分野で活用する上での課題
メタバースが医療において、医療従事者と患者の双方にメリットがあることはお分かりいただけたと思う。
しかし現実的には、メタバース導入には課題があるのが実情だ。
大まかな課題として、以下の3点が挙げられる。
これら3つの課題について、それぞれ詳しく説明する。
安全面の課題
そもそも医療はやり直しがきかず、失敗が許されない職務行為だ。それは当然メタバース空間においても同じであるため、現実世界と違わぬレベルで安全性を確保できるか課題となる。医療従事者とメタバース事業者の双方に、安全確保と向き合う責任がある。
セキュリティ面の課題
患者の個人情報をいかに保護するかについても、メタバースを医療で活用する上での課題だ。
メタバース医療はオンラインで行われる上、非常に繊細な情報を扱うことになる。そのため、サイバー攻撃やハッキングを想定したリスク対策、Web3.0などの高度な情報運用技術の運営が必須となる。
診察方法の課題
時間や場所に関係なく、フレキシブルな診察ができる体制づくりが求められている。健康状態はすぐに把握・管理できるような医療体制を整えれば、患者はいつでもオンライン診察が受けられ、医療従事者の負担も軽減されるだろう。
ウェアラブル端末や、埋込型のバイタルデータ測定器などの、デジタル医療機器の普及が進めば、より柔軟な診察が展開されると思われる。
終わりに
メタバースが医療業界で注目される理由やメリットについて、8つの事例と共に紹介してきた。
クリアしていくべき課題は山積しているが、医学生への教育やリハビリ等で活用の幅は広がっており、一定の成果を上げている例も少なくない。
より柔軟で不平等のない医療が展開されるには、最先端技術との融合・イノベーションが不可欠になってくるだろう。
私たちは誰しも、医療で日々の生活や命を支えられている。技術開発を進める企業や研究者の努力、医療従事者の奮闘に、これからも目を向けていく姿勢を持つべきであろう。